アメリカ大統領令と日本の行政命令は何が違う?統治機構から読み解く権限と限界
- VII
- 4月11日
- 読了時間: 10分
トランプ政権が復活した今、「トランプが『大統領令』に署名」といった報道をよく目にしますよね。「大統領の一声で法律みたいに物事を決められるなんて、すごい権限だな」と感じる方もいるかもしれません。
逆に、日本の総理大臣にはそういう権限はないのか?あるいは日本にも似たような仕組みはないのか?実は、日本にも内閣や大臣が発する「政令」や「省令」といった**『行政命令』が存在します。しかし、これらはアメリカの『大統領令(Executive Order)』**とは、その根拠も、持つ力も、そして限界も、大きく異なっているのです。
なぜこのような違いがあるのでしょうか?それは、アメリカと日本の「国のカタチ」、つまり統治機構(政治の仕組み)が根本的に違うからです。この記事では、
アメリカの「大統領令」とは一体何なのか?
日本の「行政命令(政令・省令)」とは?
両者を徹底比較!どこが、なぜ違うのか?
その違いを生む「大統領制 vs 議院内閣制」とは?
について、法律や政治の仕組みに詳しくない方にも分かりやすく、かつ深く解説していきます。日米の政治ニュースをより深く理解するための鍵が、きっと見つかるはずです!

目次
アメリカの「大統領令 (Executive Order)」とは
まずは、しばしば強力な権限として注目されるアメリカの「大統領令」について見ていきましょう。
そもそも何?
大統領令(EO)とは、アメリカ大統領が署名して出す、連邦政府(日本でいう霞が関の省庁など)の運営に関する指示書のことです。主に、政府機関やその職員に対して、「こういう方針で動きなさい」「この法律をこのように実行しなさい」と命じるために使われます。政府内部では法律と同じような効力を持ち、連邦官報に掲載され、公式な記録として残ります。
力の源(根拠)はどこに?
大統領令を出す権限の根拠は、主に2つあります。
アメリカ合衆国憲法:憲法第2条には「行政権は大統領に属する」と書かれており、また「大統領は、法律が忠実に執行されるよう配慮しなければならない(テイク・ケア条項)」と定められています。これが、大統領固有の行政権・法執行権の根拠とされています。
議会が制定した法律:議会が特定の法律の中で、「この件については大統領に判断を委ねる」という形で、大統領に行動する権限を与えている場合があります。
何ができる?(権限の範囲)
大統領令でできることは多岐にわたります。
政府機関の組織や手続きの変更
法律の具体的な実行方法の指示(例:特定の犯罪の取り締まり強化など)
新しい行政方針の打ち出し
緊急事態(災害、安全保障上の脅威など)への対応指示
軍に関する命令 など
でも、万能じゃない!限界とチェック機能
大統領令は強力ですが、決して「何でもあり」ではありません。
憲法・法律違反はNG:大統領令は、アメリカ憲法や議会が作った法律に違反することはできません。新しい法律を作ったり、既存の法律を無効にしたりすることもできません。あくまで「既存の法律をどう実行するか」という枠組みが基本です。
司法審査(裁判所のチェック):大統領令が憲法や法律に違反している、あるいは大統領の権限を逸脱していると判断されれば、裁判所によって無効にされることがあります(例:過去の移民関連の大統領令など)。
議会の対抗措置:議会は、大統領令の内容を覆すような新しい法律を作ったり、大統領令で進めようとしている政策への予算を認めない、といった方法で対抗できます。
次の大統領による変更:現職大統領が出した大統領令は、次の大統領が簡単に取り消したり、変更したりすることができます。
有名な大統領令:歴史を動かした大統領令もあります。例えば、リンカーン大統領による奴隷解放宣言(の一部)や、トルーマン大統領による軍隊内の人種差別撤廃命令などが有名です。
このように、アメリカの大統領令は大統領がリーダーシップを発揮するための強力なツールですが、憲法、法律、議会、司法といった様々なチェック機能によって、その権限には一定の限界が設けられているのです。
日本の「行政命令(政令・省令)」とは
次に、日本の「行政命令」について見ていきましょう。アメリカの大統領令と比べると、少し地味に聞こえるかもしれませんが、行政運営において非常に重要な役割を果たしています。
日本の仕組み
行政権は「内閣」にある(議院内閣制)。まず、日本の政治システム(議院内閣制)では、アメリカのように大統領一人が行政のトップに立つのではなく、行政権は「内閣」全体に属すると憲法で定められています。内閣は、国会(主に衆議院)の多数派から選ばれた内閣総理大臣をリーダーとし、各大臣と共に、国会に対して連帯して責任を負います。
行政命令とは?
行政機関(内閣や各省庁)が定めるルールのことです。日本の行政命令で、国民の権利や義務に関わる主なものには**「政令(せいれい)」と「省令(しょうれい)・内閣府令」**があります。
政令(Seirei)とは?
内閣が、法律を実行するために必要なルールや、法律によって「詳細は政令で定める」と委任された事項を定めるものです。「〇〇法施行令」といった名前が付いていることが多いです。
省令(Shōrei)・内閣府令とは?
各省の大臣(例:厚生労働大臣、経済産業大臣など)や内閣総理大臣(内閣府の仕事について)が、担当する分野について、法律や政令をさらに具体的に実行するための詳細なルールを定めるものです。「〇〇法施行規則」といった名前が多いです。
法律あっての行政命令!ここが最重要!
日本の行政命令を理解する上で、最も重要な原則が**「法律の優位」と「法律の留保」**です。
法律の優位:全ての行政命令は、憲法と、国会が作った法律の下にあります。法律に違反する行政命令は無効です。
法律の留保:行政機関は、法律に根拠がなければ、勝手に国民の権利を制限したり、義務を課したりするルール(行政命令)を作ることはできません。なぜなら、日本国憲法で「国会が国の唯一の立法機関である」と定められているからです。
委任命令と執行命令
少し専門的になりますが、行政命令には2種類あります。
委任命令:法律で「この部分の細かいルールは政令(または省令)で決めてね」と**具体的に任された(委任された)**事項について定める命令。
執行命令:法律を実際に執行(実行)するために必要な手続きや書類の様式などを定める命令。
この**「法律の根拠がなければ、国民の権利義務に関わるルールは作れない」**という原則が、日本の行政命令の性質を決定づけています。
【徹底比較】大統領令 vs 日本の行政命令~7つの違い
では、アメリカの大統領令と日本の行政命令(政令・省令)を、具体的なポイントで比較してみましょう。違いが明確に見えてきます。
比較ポイント | アメリカ大統領令 (EO) | 日本の行政命令 (政令・省令) |
1. 誰が作る? | 大統領が単独で発令 | 内閣(政令)または 各大臣(省令)が制定 |
2. 力の源泉は? | 憲法(行政権)および 法律による委任 | 原則として法律の根拠(執行または委任)が必須 |
3. 法律との関係は? | 法律に反してはダメ。でも、時に議会と対立・迂回する手段にも | 完全に法律に従属。法律を具体化・補完する役割 |
4. 作れる範囲は? | 広範(政府運営、法執行方針など)。時に曖昧さも | 法律で定められた範囲、または執行に必要な細目に限定される |
5. 法律に近いのは? | 大統領令(特に固有権限に基づく場合、準立法的) | 行政命令(あくまで行政的・執行的) |
6. 作るプロセスは? | 大統領の決断が中心 | 内閣の合議(政令)、大臣の判断(省令) |
7. チェック体制は? | 司法(違憲・違法審査)、議会(立法・予算) | 司法(法律違反・委任逸脱審査)、国会(法律による統制) |
【ポイント解説】
力の源泉と法律との関係が最大の違い:大統領令は、憲法上の大統領固有の権限(解釈によっては広範)にも根拠を持ちうるのに対し、日本の行政命令は常に国会が作った法律の枠内でしか作れません。これが両者の性格を決定づけています。
立法機能に近いのは大統領令:日本では法律を作るのは国会だけですが、アメリカでは大統領令が、時に議会の意向とは別に、**実質的に新しいルールを作るような機能(準立法的機能)**を果たすことがあります(もちろん、裁判で争われることもあります)。
制定プロセスも対照的:大統領がトップダウンで決めることが多い大統領令に対し、日本の政令は内閣全体での合意(閣議決定)が必要です。これも統治システムの違いを反映しています。
司法審査の焦点も異なる:アメリカでは大統領令が「そもそも憲法上許される権限なのか?」が問われることがあるのに対し、日本では「法律で認められた範囲を超えていないか?」が主な争点になります。
このように、似ているようで、その根拠も力も、そして限界も大きく異なるのが、アメリカの大統領令と日本の行政命令なのです。
国のカタチ「大統領制と議院内閣制」が生む差
この違いは、単なる制度設計の違いではありません。アメリカと日本の**「国のカタチ」、つまり統治機構の根本的な違い**から生まれています。
アメリカ = 大統領制 =「権力分立」が基本
アメリカは、行政権(大統領)、立法権(議会)、司法権(裁判所)が、それぞれ独立し、互いにチェックし合う(三権分立)ことを基本としています。大統領は国民から直接(間接的に)選ばれ、議会とは独立した存在です。そのため、議会と大統領の意見が対立することも多く、そんな時に大統領が議会を迂回してでも自身の政策を進めるための手段として、大統領令が使われる側面があります。
日本 = 議院内閣制 =「権力融合」がキホン 一方、日本は、内閣(行政権)が国会(立法権)の信任に基づいて成立し、国会に対して責任を負う仕組みです。つまり、行政と立法が密接に結びついています(権力融合)。内閣総理大臣は国会議員の中から選ばれ、内閣も通常は国会で多数を占める与党の議員で構成されます。そのため、内閣は通常、国会の多数派の支持を背景に持っており、アメリカほど、立法府を迂回する強力な命令を出す必要性が構造的に低いのです。日本の行政命令(政令・省令)は、むしろ国会(与党)が決めた法律を、スムーズに実行するための具体的なルール作りという役割が中心になります。
リーダーの選ばれ方も影響しています。国民から直接的な信任を得て選ばれるアメリカ大統領は、議会とは別に独自の権限を主張しやすいですが、国会の信任によって成り立つ日本の内閣総理大臣は、常に国会の意向(特に与党の意向)を意識する必要があります。
こうした統治機構の根本的な違いが、大統領令と日本の行政命令という、それぞれの制度の性格の違いを生み出しているのです。だから、日本にはアメリカのような強力な「大統領令」は存在しない、というわけです。
結論:制度の違いを知れば「なぜ?」が見えてくる
アメリカの「大統領令」と日本の「行政命令(政令・省令)」。名前は似ていなくても、行政がルールを作るという点では共通していますが、その中身は大きく異なります。
大統領令:大統領のリーダーシップの象徴。時に議会を動かし、時に議会と対立する強力なツール。しかし、憲法・法律・司法・議会によるチェックを受ける。
日本の行政命令:法律を具体化し、実行するための「縁の下の力持ち」。常に法律の枠内にあり、国会の意思を反映する。
この違いは、単なる法律論ではなく、アメリカと日本の政治システム、文化、歴史の違いそのものを映し出しています。
この違いを理解すれば、「なぜアメリカ大統領はあんなに強い権限を持っているように見えるのか?」「日本の首相や内閣は、法律がなければ何も決められないのか?」といった、日々の政治ニュースに対する「なぜ?」が、少しクリアに見えてくるかもしれません。両国の制度の違いを知ることは、それぞれの国の政治をより深く、そして面白く読み解くための第一歩となるでしょう。
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